週刊朝日に掲載されました。 ルポ「患者も家族も救われるために・・・」

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ピック病患者が自分らしく暮らせる場所があった

ピック病の患者を適切に介護できる医療機関や介護施設は極めて少ない。患者の生き方を尊重しつつ、家族の心や体の負担を軽くすることはできないのだろうか。その糸口を探しに、全国でも珍しい、ピック病患者だけを集めた介護施設を取材した。

 

ピック病患者のためのグループホーム「ラーゴム」は、岡山県笠岡市の小さな山のなかにある。ロッジ風の2階建て。木々に囲まれて、時おり野鳥の声も聞こえてきた。
 ウエルカムボードがかかった玄関を入ると、「12345、123・・・・・・」と、つぶやきながら廊下の壁をコンコンとたたいていた女性(Aさん・58)が近づいてきた。すれ違いざまに記者の左の肩をポンッとたたいていく。彼女は一時もじっとしていられないようで、館内をグルグルと歩き回り、壁を強くたたいたかと思えば「ワーッ」と大きな声を出す。

 「ラーゴム」は2001年、日本初の認知症高齢者専門病院「きのこエスポアール病院」の一角に誕生した。58歳から86歳まで合計9人(男性4人・女性5人)の患者が入居、7人の専門職員が24時間体制で付き添いケアをしている。入居希望者は多く、県外在住だった入居者も少なくない。
 同ホームを運営する佐々木健院長(64)は認知症専門の精神科医。30年以上、認知症の治療や介護にかかわってきた。その中で、ピック病の患者とアルツハイマー病の患者を一緒にするとトラブルが多発することに気付き、試験的にピック病患者だけの施設をつくってみたのだという。

 アルツハイマー病の症状には被害妄想などもあり、ピック病の患者に対して敵意を持ちやすい傾向があります。一方でピック病の患者同士には仲間意識に近いものがあるようで、たたくなど、時おり手が出ることはあっても、そのあと、なぜか『決裂』しないんです」
 確かにラーゴムの入居者たちはつかず離れずの距離を保ちながら、思い思いに過ごしているようだ。他の入居者のおかずを堂々と取る人もいるが、けんかになるようなことはめったにない。
 徘徊する人もいれば無表情で雑誌を眺める人、微動もせず中空を凝視している人もいる。

 佐々木院長は次のように指摘する。
「脳の前と横の表面が委縮するピック病は、委縮の箇所と程度によって、症状が十人十色。脳の前側が委縮している場合には、同じ行動を繰り返す、暴力的になるなどの『行動障害』が表れます。しかし報道されているような万引きや痴漢はすべての患者さんがするわけではない。『ピック病=暴力的』と捉えるのはあまりに短絡的です」
 しかし現実には、医療機関や介護施設から受け入れを拒否されることも多い。運良く施設に入ることができても、行動をコントロールするために精神安定剤や睡眠薬などの向精神薬を大量に服用させられてしまうこともある。
 佐々木院長は、薬依存のケアに限界を感じたことも、ラーゴム開所のきっかけになったと話す。
「薬の影響で、かえって症状が悪化したり、寝たきりになったりすることもある。向精神薬を徐々に減らしながら、あわせて患者さんのストレスを減らす取り組みに力を入れたところ、ずっと険しい表情をしていた患者さんに笑顔が戻り、行動障害も緩和していきました」前出のAさんも、ラーゴムに入ってからは徐々に症状が落ち着いてきた。

 Aさんの場合、8年ほど前、50歳になったころから、家事をしない、大声で歌いながら外を歩き回るといった症状が目に付くようになった。51歳のときに地元の病院でピック病と診断された。その後は安定剤などの向精神薬を服用しながら自宅で生活していたが、薬の効果はなく、徐々に暴言や荒っぽい行動が出てきたという。自宅で過ごすのが難しくなったAさんは09年の7月にラーゴムに入居した。ケアマネージャーの浜田直樹さん(39)は、当時の様子をこう語る。
 「怒っているようには見えないのに、しょっちゅう『バカじゃー、アホじゃー』と悪態をついていて、他の入居者を押す、たたくなどの症状も目立ちました」

 しかし、向精神薬などの服用を減らしていくと、暴言は徐々に減って、代わりに好きだった歌を口ずさむようになった。人を軽くたたく、押すといったような行動障害の頻度も減った。
「表情が明るくなったことが、ご家族は何よりうれしいそうです。先月、面会に来られたときは、家族でドライブを楽しんだと聞いています」(浜田さん)
 患者への対応にコツはあるのだろうか。
 ピック病の患者はコミュニケーションを取るのが苦手ですが、根気よく接していると、気持ちが伝わってくる瞬間もあります。やってはいけないことをしても、強く非難せず、『やめようね』と優しく諭してあげてください。ラーゴムの玄関は夜間を除き施錠しません。職員が対応できる状況であれば、散歩にでかけることもあります。誰だって行動を制限されたら嫌な気持ちがしますから」(同)

 佐々木院長もこう訴える。「ピック病の発症原因は不明で、まだ治療法が確立していません。しかし、周囲の理解や支えがあれば、脳や身体の健康的な部分を最大限に生かして『自分らしく』生きられるのです」
 取材の間、ずっとホームの廊下を歩き回っていたAさん。今度は、子どものようにニンマリ笑って記者のお尻をポンッとたたいた。きっとAさん流の挨拶なのだろう。

 

家族ができる7つのこと

① 早く専門医(精神科・神経内科・脳神経外科)にかかる(MRI・SPECTなど画像診断の併用が大切)
② 病気の特徴をよく知り、頭ごなしに叱らない
③ 反応がなくても話しかけ、明るくふるまう
④ スキンシップを図る、一緒に運動する
⑤ 決まった行動パターンがあるので、できる範囲で患者の生活サイクルに合わせる
⑥ こだわりやプライドを尊重し、傷つけないように注意する
⑦ 家族の写真や昔のビデオなどを見せ、ゲームのように顔や関係性を教える