日本経済新聞で特集記事が連載されました。(7)「生活の継続性」こそ

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東京の特養ホームに住んでみる -7-

認知症ケアの現場から

「生活の継続性」こそ

家具こだわり自前で入居

 「ただいま」
 明るい声とともに、高校の制服姿で孫のカヴァナー・ジュリアさん(17)が、北沢志ろ子さん(84)の部屋のドアを開ける。ありすの杜南麻布南棟の特養の一室である。授業を終えて、週に3、4日は「ばばん家(ち)」に寄る。
 「来てもぐうぐう寝てしまうこともあります。ここは休憩所かも」と志ろ子さんは目を細める。
 カヴァーナ家では、一人暮らしの志ろ子さんが特養に「引っ越した」と思っているから、従来通りの行き来を続けている。金融機関に勤める母親のカヴァナー・うららさん(55)も頻繁に立ち寄る。
 うららさんが、部屋を見回しながら「新しく買ったものもありますが、母がいたマンションの部屋と同じように赤、白、からしの3色にそろえました」と説明してくれた。なるほど、からし色のカーテンに赤いソファ、洋服ダンスとブラインドは白だ。華やかでおしゃれな雰囲気の家具や調度品が並ぶ。12枚もの家族写真や陶器のスタンドが格好のアクセント。
 「ここは母の家。自宅ですから」ときっぱり言う。特にカーテンは前と同じ色調にこだわった。天井の照明器具をリモコン操作のできるものに替え、滑りにくいカーペットも自前で調達した。「母がもし転んでけがをしたら大変なので」。志ろ子さんは白血病に近い骨髄異形成症候群という難病を患い、白内障で目も不自由なためだ。
 運営する新生寿会では、入居前の家族説明会で「できるだけ自宅で使っていた品々を持ち込んでください」と話しており、志ろ子さんの部屋はその通りに実現されている。
 高齢者、とりわけ認知症者には居住環境の急変は心身に大きなストレスを及ぼす。北欧では「高齢者の3原則」の中に「生活の継続性」がうたわれている。
 生活に欠かせない大切なものといえば、位牌を入れた仏壇を持ち込んでいるという話を聞き、入居者の案内で見せてもらった。「チーンチーンとよく鳴らして手を合わせています」と同行の職員が話すのは馬場マツイさん(91)の部屋。その仏壇には色とりどりの新しい生花が目についた。訪れた家族が持ってきたようだ。
 この特養では、職員はみな普段着。朝食は入居者の起床時間に合わせてバラバラ。晩酌にビールを飲む人も。「今までどおりの普通の暮らしを続けてもらう」というのが施設の方針だからだ。
 ところが、カーテンの自前調達について3月、東京都から施設長が呼ばれた。「プライバシー確保のため最低限必要なものなので施設側が用意するべきだ。かかった費用を利用者に支払え」と指導を受けた。
 その後、都庁で担当部長に会った新生寿会の理事、篠崎人理さんは「自宅ではカーテンも茶わんや衣服と同じように好きなものを選んでいる。ユニット型特養は家賃を支払う住宅扱いなのだから自前でいいはず」と反論した。だが都は「国の同意も得た」と折れない。従来の収容施設の発想から抜け出せない行政の姿勢はいつ改まるのだろうか。

高齢者の3原則

1982年にデンマークの高齢者政策委員会(元厚生大臣のアナセン委員長)が示した尊重すべき高齢者施策。①自分の人生は自分で決める自己決定権 ②これまでの生活を断絶せず継続した暮らしの維持 ③ケアや補助器具を活用して残された身体機能を使い自立を支援。