日本経済新聞で特集記事が連載されました。(6)気持ちをくみ看取る

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東京の特養ホームに住んでみる -6-

認知症ケアの現場から

気持ちをくみ看取る

知った人たちに見守られ

 「皆さんに本当にお世話になりました。今日は父を送る会を開きますのでぜひ楽しんでいただければと思います」
 玉村かほりさん(52)が4日の午後、入居者や職員を前に静かに話し始めた。ありすの杜南麻布南棟の2階、「柊(ひいらぎ)」ユニット。傍らには、50日ほど前に同ユニットの部屋で亡くなった父、貞夫さん(享年86)の遺影も加わっている。
 テーブルに並んだ高級フランス料理店のケーキやお菓子に、かほりさんの「感謝の気持ち」が表れているようだ。貞夫さんの妻、順子さん(81)も笑顔で席に着いている。夫の隣室に今も入居中だ。
 死因は肝臓がん。「告知しませんでしたが、生化学者の父は分かっていたのでは。ここでの献身的なケアに満足していたと思います」
 亡くなる2日前に貞夫さんが入浴を望んだ。「血圧が上がって危ないかも」と医師はためらったが、職員は浴室へ車いすを押した。
 送る会に名古屋から来たかほりさんの弟、洋太さん(44)は「よく知った方たちに見守られてよかった」と振り返る。未明にもかかわらず、家族に加え、駆けつけた看護師や施設長、医師など10人がベッドを囲んで看取った。
 点滴と在宅酸素は受けたが、それ以上の延命治療はかほりさんが断った。食事を取れなくなっても、チューブで直接胃に栄養剤を送る胃瘻はしないと以前から伝えていた。「大好きな食事の楽しみを奪われてまで、長生きを望んでいないはず」。人間としての尊厳を大切にしたいという思いからだ。
 モルヒネの服用では議論があった。苦しがる貞夫さんを前に家族は頼んだが、看護師の湯浅保美さん(49)は「意識が朦朧(もうろう)となる可能性もある」と医師の考えを伝えた。「おかげで手を握り返してくるなど最期まで父と意思疎通ができました」
 玉村さん夫妻は港区内のマンションで2人暮らしだった。共に認知症で4年前からほぼ毎日、ヘルパーの支援や配食を受けていた。順子さんの症状が進み、外出すると帰り道が分からなくなってきたため、施設入所に。貞夫さんは脳梗塞や前立腺がんも抱えていた。
 貞夫さんへのターミナルケアは、1年前に特養が開設してから初めての体験となった。家族や医師を交えて何度も話し合いを重ねてきたことに加え、手厚い職員体制があればこそできた。
 利用者100人の特養では3人以上の看護師配置が国の基準だが、ここでは現在5人いる。遅番の看護師は夕食後まで残り、週2回は宿直態勢を取る。3人の看護師が施設から家賃補助を受け、近くに住む。
 熟練者の手助けもある。「夜中でもすぐ来てくれるので心強い」と夜勤職員が口をそろえる生活相談員の原田まゆみさん(32)の存在だ。グループの施設で認知症ケアに10年近く携わり、今は特養内の一室に住みこんでいる。「お年寄りの気持ちをとことん知りたい」という強い希望と施設側の思惑が合致、手当付きで緊急要員を兼ねている。

死亡場所

欧米に比べ病院に偏っている。1950年代後半から病院での死が増え、76年に自宅死を上回った。2005年には病院死が79.8%に達したが、翌年から比率が下がり始めた。特養など老人ホームでの死と自宅死が増えてきたためだ。だが合計でも09年で15.6%。50%前後の欧米に比べまだかなり低い。