日本経済新聞で特集記事が連載されました。(5)ピック病の父に向き合う

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東京の特養ホームに住んでみる -5-

認知症ケアの現場から

ピック病の父に向き合う

プロの介護、家族支える

 「新生寿会さんにしか助けてもらえなかった。ほんとに感謝しています」
 東京都世田谷区に住む山本徹さん(仮名=74)の介護生活を振り返り、長女の純子さん(45)は感無量の面持ちだ。
 ありすの杜南麻布南棟で高齢者施設を運営するのが新生寿会。徹さんは認知症でも最も介護が難しいピック病を患う。金曜に純子さんが運転する車でショートステイサービスを利用するため南棟を訪れ、3日後の月曜に帰宅する。自宅では妻の明子さん(仮名=70)と2人暮らしだが、2人の娘が頻繁に訪れ、ヘルパーの支援も得て過ごす。自宅介護が続けられるのは施設の活用があればこそだ。今は多少穏やかになったが、かつては壮絶な日々があった。
 「いきなりスコップを振りかざして追い掛けられた」と純子さん。暴力沙汰は絶えず、食事中もうろうろ歩き回り、パンツを下げたままの時も。「何かが父に乗り移ってしまったようで、人格が一変した」。典型的なピック病の症状が次々出ていた。言葉が出ないもどかしさも加わり、手荒な行為に及んでしまう。
 徹さんは2代目社長。5年前の会社の新年会の日が始まりだった。昼過ぎに退社したのに帰宅しないため家族が手分けして探す中、深夜に戻り「ずっと駅にいた。帰り方が突然分からなくなった」。
 その後、「お父さん、ここがおかしい」と頭を指さしたり、パジャマのまま電車に乗って出勤しかけたことも。
 ピック病と診断され、保健所へ相談すると「入院しかない」。デイサービスはどこも「粗暴なので無理」と断られた。「自宅で介護したい」と思う家族は八方ふさがりに。
 純子さんは、岡山県でピック病の専門施設を持つ新生寿会を探し当て「なんとか手助けを」と頼み込んだ。同会は南麻布での開設準備のため、認知症ケアに熟知した職員を東京に送っていたこともあり、自宅訪問を引き受けた。週1回、介護保険制度の適用がない全く無給での活動が一昨年1月から始まった。
 「さすがプロだと驚いた。父にきちんと向き合い、たとえ殴られても嫌な顔ひとつしない。父の態度が和らぎ、その夜はぐっすり寝付く。魔法を見ているようだった」
 職員たちは徹さんの気持ちをしっかり受け止めようと接した。「暴力が出るのは私たちの対応がまずいから」と考える。純子さんも「やりたいことを止められるから暴力を振るうと分かってきた」。
 施設の開業が迫った1年後に訪問活動は終わった。「続けて新生寿会のケアを受けたい」と純子さんは強く要望。ありすの杜の利用者は港区民に限られていたが、「キャンセル待ちで空き室が出れば区外者でもいい」とする判断を港区から引き出し、徹さんは昨秋から通い出した。
 食事中でも徹さんは大声を上げる。嫌な顔をする向かいの席の利用者に、職員が「わざとじゃないの。病気だから許して」と丁寧に説明する。「それを徹さんは聞いています。実は震災のことも分かっていることが多い」と管理者の山下順子さん(58)。最近は、介助者がいればトイレで排泄ができるようになった。

ピック病

大脳の前頭葉と側頭葉の血流低下と委縮で感情や欲求の抑制がきかなくなる病。認知症の一つ。記憶喪失よりも言語障害、社会的逸脱行為が目立ち、人格の変化が著しい。万引きで判明することも。東欧の医師、アーノルド・ピックが1892年に症例を報告した。