日本経済新聞で特集記事が連載されました。(4)「若年性」の妻見守る夫

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東京の特養ホームに住んでみる -4-

認知症ケアの現場から

「若年性」の妻見守る夫

毎日通うもう一つの家

 谷口久男さん(64)は毎日昼過ぎ、妻の恵理子さん(61)に会うため、ありすの杜南麻布南棟へ必ずやってくる。3時間近く妻の部屋で過ごすと仕事に戻る。土曜日は朝から来てそのまま泊まり、連休には自宅に連れて帰る。そんな行ったり来たりの生活を妻の入居以来1年続けている。
 

部屋を訪ねると、久男さんはソファで恵理子さんの手を握りながら「仕事以外のすべての時間をこの人に注ぎたいと思っていますので」と真剣な表情で話してくれた。
 恵理子さんが若年性のアルツハイマー病と診断されたのは9年前。52歳だった。「地面が回る」「道が分からなくなって買い物ができない」と言い、閉じこもりがちに。認知症のテレビ番組を見て「私もダメになりそう。お父さんに貯金通帳を預けるからね」と頼み、久男さんを戸惑わせた。
 「うすうす症状を自覚していたのでは」と久男さんは振り返る。夫婦で港区芝大門に居酒屋を開き、料理の得意な恵理子さんは毎晩店に出ていた。フライパンを使えなくなると、店を開ける夕方ごろ、介護保険のヘルパーに迎えに来てもらった。自宅で恵理子さんの面倒を見てもらうためだ。デイサービスにも通いだした。
 だが、高血圧やメニエール病を抱える久男さんが3回目の脳梗塞で入院すると、2人の暮らしでの介護は限界だった。やむなく特養への入居を決断した。
 恵理子さんたち入居者10人が暮らす特養の「彩(いろどり)」ユニットのリーダー職員、楠渡(くすきわたる)さん(26)が、生活を把握するため入居前に再三自宅を訪れた。「施設に預けたと思わないでください。一緒に見守っていきましょう」という楠さんの言葉で「急に気持ちが楽になった」と久男さん。
 他の施設とは明らかに違うと感じた。十分頼れそうだ。久男さんの施設通いも「できるだけ普通の生活を」という施設側の考えと合致した。「今ではセカンドハウスのように思ってます」(久男さん)訪れる度に、恵理子さんの様子をノートに書き込む。
 「つばを吐き、歯ぎしりがずっと続きました」「失禁したことを分かっていないようです」。恵理子さんは衣類の着脱や排泄、入浴、食事などすべて介助者が必要。会話が成り立たないように見えるが、必ずしもそうではない。好き嫌いなど感情面で時折言葉が出る。体でも反応する。
 久男さんが風を入れようと窓を開けると「ありがとうございました」と返答があった。テレビののど自慢を見て「ハミングしたり、足でリズムをとり、体を揺らし楽しそう」とも記されている。久男さんが持参したフォークソングのCDを聞くと、優しい表情になり落ち着く。
 こうした久男さんの関わり方を見ながら、職員は恵理子さんの気持ちを少しでもくみ取ろうとする。「膝に手を置き、顔を近づけて話すように心掛けている」と米沢美波さん(24)。恵理子さんと瞬間でも心が通じ合えるようにと、久男さんと職員の連携がこれからも続きそうだ。

若年認知症

働き盛りの64歳以下で発症する認知症。全国に3万7800人いると、厚生労働省は2006年から3年間にわたる調査で推計した。高齢者より脳細胞の萎縮が早いといわれる。小説「明日の記憶」が5年前に渡辺謙主演で映画化され、一般に知られるようになった。