きのこエスポアール病院「認知症ケアのあゆみ」

 

はじめに 創設期 停滞期 改革期 新時代

私たちの1984年からの歩みを紹介いたします

私たちのホームページをご覧になっている方の中には、もしかしたらご家族が認知症になった、またはそうかもしれない、と心配でインターネットを検索されて訪れられた方もあるかもしれません。
このページでは、私たちの1984年からの歩みを紹介いたします。

sasaki1743開設当時は日本で初めての痴呆症専門病院でしたので多くの方から注目され、テレビ局からもたくさん取材に来ていただき、記録映像も残すことができました。

当時は認知(痴呆)症についての情報も無く暗中模索の時代でした。
今になって振り返ればずいぶんまわり道や失敗を重ねたものです。
間違ったケアもたくさんありました。
それをあえてお伝えするのは、
「その頃の我々の悩みを、いま抱えている方がいるかもしれない」
「認知症に対して以前のままの認識の方がいるかもしれない」
「現在では色々な方法で認知症との関わり方が変わって良くなってきている」
といったことを理解して戴きたいと考えたからです。

また、今日の認知症や老人介護がどのようにして築かれてきたかを知って戴くことが今後の介護の在り方を考えるための礎になればと思います。

そして、これからの時代の介護を支えていく皆さまにも参考になさって戴きたいと思います。

 

2014年、きのこエスポアール病院。

佐々木健院長の外来診察室からはいつも、元気で楽しそうな会話が聞こえてきます。

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先生、私ね、ぼけたらいけないと思ってね、物忘れしないように、気をつけてるんです。

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うんうん、そうかあ。まあ、少々忘れても、ええじゃない。細かいことまで気にせんでも。

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ほぉー、顔色が良くなったなぁー。

各施設の催事でもできるだけ多くのお年寄りに声を掛けます。

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元気そうだねぇ、大丈夫よ。何も心配せんでも。楽しく暮らそうや。

 

今、私たちは認知症を「一つの個性」と考えています。

「その人に必要な支援は何かを見つけ見守ること」

そのために必要な知識、理解、協力を得られるよう、

私たちは情報、施設、環境を

患者さんと周りの方に提供していくことを重視しています。

そのためには、医学的な処置を施したり薬を処方したりするだけではなく、

患者さんのお話を良く聞き、理解し、気持ちや考えをわかってあげて、

暮らしを支えるためにはどうすればいいかを一緒に考えます。

そうすることで、医学的な治癒がなくても、認知症の方の症状と、本人やご家族の苦しみは軽くなったのです。

 

「認知症」は、かつては痴呆(ちほう)症と呼ばれていましたが、2004年に厚生労働省の用語検討会によって「認知症」への言い換えが推奨されました。

 

 

はじめに 創設期 停滞期 改革期 新時代

1983年(昭和58年)

173859佐々木院長にとって痴呆の専門病院を作ることは大学時代からの夢でした。
岡山大学で老人の脳について研究し、そこで数人の老人性痴呆の患者と出会いました。
研究が進むにつれて、その病理の複雑さと患者の家族の悩みの深刻さに動かされて、生まれ故郷の丘の上に病院を建てることを思い立ったのです。

(佐々木)痴呆の患者さんやご家族は、例えるなら池で溺れかけているとしましょう。しかしそれを腕組みして見ていながら、ああしたら良い、こうすればいいと言っている人はいましたが、藁(ワラ)ですら投げる人が誰もいないのです。

藁でも棒でも、具体的な何かを家族の方は求めている。藁では十分な浮力は無いかもしれない。私達の今の仕事はまだ十分に上手くは行っていませんけど、藁ぐらいなものかもしれないけれど、たとえ藁でも掴んでもがいていれば岸までたどり着ける人が何人かでも出てくれれば意味があるし、その中からもっといい差しのべ方が見つかるかもしれない。

老人性痴呆は不治の病とされ医療と福祉の谷間をさまよい続けてきました。しかしきめ細かい治療と愛情のこもった介護があれば岸辺までたどり着ける人もいると信じています。

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佐々木院長の父、佐々木弘は戦後40年医療の手が届きにくい山の中で外科医として長年地域医療に打ち込んできたのでした。

父ががやりたくてもできなかった痴呆専門病院。
父の夢の実現に一歩近づいたと思います。

 

 

173754篠崎事務長と佐々木院長は従兄弟同士。小さい頃からの仲良しでした。
篠崎は大学工学部を卒業後、商社マンとして就職しましたが、職をなげうって痴呆専門病院に挑戦したのです。中尾も合流します。
このときはまだ意識していませんでしたが、当時はまだ痴呆は医療保険制度の対象ではなく行政の支援は現在のように手厚いものではかったのです。

 

 

 1983年(昭和58年)放送 NHK「ビートルズ世代の恩返し~町にできる老人専門病院~」

特別養護老人ホーム「きのこ荘」

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ここで働く3人の男たちは全国でも数少ない痴呆症老人のための民間の専門病院をオープンさせようと今準備を始めています。家族からも病院からも阻害される痴呆症老人を救おうと立ち上がったのです。

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このお年よりは夕方になると決まって荒れ始めます。
老人性痴呆症は今まで治らないものと諦められ、医療など具体的な対策が採られていないのが現状です。

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(佐々木) 私達は戦後第一世代で「団塊の世代」とも言われています。大学生の時には学園紛争だの好き勝手なことをさせてもらった世代でもあります。誰のおかげかと考えれば、私達の親父の世代が戦後すごく働いてくれて高度成長があり今の世の中を作ってくれた。
今、ぼけてこられた世代というのは戦後一生懸命働いてがんばってこられた方なんです。だから、ぼけたからといって、その人の今までの人生を考えず、ぼけたなりの世話をすれば良いんだというようなことはどうしても納得がいかないのです。

 

 佐々木さんは郷里の井原で開業して3年になります。午後は毎日寝たきりの老人を往診に出かけます。

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(篠崎) 学生時代から「老人のユートピア」をつくろうと話していた。卒業後商社に就職はしたが、自分の人生に納得の行く道に戻ったのだと思う。

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 (中尾) 今までの病院は、医者、看護婦、事務、そういったエキスパートに分かれていたが、私達は全員が一丸となって患者さんをお世話するんだという思いで、そこからそれぞれの役割が始まるのです。

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 (佐々木) 私は非常に楽天的なもんで、どうにかなるであろうと。ジョンレノンの歌がありますが、「レット・イット・ビー」。

なんとかなるさ。それは消極的なレット・イット・ビーではなくて

積極的な意味として、そんな気持ちでがんばりたい。

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エスポアールとはフランス語で希望を意味します。

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大きな希望を胸に、「きのこエスポアール病院」は出帆したのです。

しかし、、、

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あの頃はまだ未熟でした。単に医学的に、生物学的に、化学的に、適切に対処すれば患者さんに良い影響を与えられると考えていました。独りよがりでした。向精神薬でコントロールできると思っていたのは開院から3カ月で破綻しました。

色々な問題が起きました。
病院から抜け出してしまう人、
ケアへの抵抗や暴力、
生きる気力が萎えてしまったように見える人
壁紙を剝す、畳を毟る、ベッドを分解してしまう人、
病棟は汚れ混乱しました。
それによって看護師たちも徐々に疲弊していきました。

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院内はいつも騒然としていました。一日中あっちこっちに向かって行き交う人、大声を出す人、我々には成す術もない状態でした。
やむを得ず、向精神薬や、眠れないときには睡眠薬を処方していました。
そうしていると、歩き回りすぎで疲れてしまったり、食事を十分摂れずに体力が弱ったりする人が続発してきました。認知症の人は自分の体調の変化に気付けないことも多いためです。
認知症に対して当時はまだ我々が未熟だったため気付いてあげられなかったのです。

 

きのこエスポアール病院の開設から1年

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きのこエスポアール病院の開設から1年、
全国平均より10年余り高齢化が進んでいる岡山県内には現在、幻覚が現れたり、夜昼と無く歩き回ったりする痴呆性老人が病院と家庭をあわせて5,000人余り居るものと見られています。
これに対する行政側の対応はまだまだ遅れていますが、こうした中できのこエスポアール病院が全国初の痴呆性老人専門病院として去年5月にオープンしてから丁度一年が経ちました。
この間、問題の深刻さを反映して、全国から入院した患者は延べ292人、外来患者は延べ300人を超え、今も90人が入院しています。

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1年やってみて、最初は予想していなかったんですけれども、退院して家に帰ることができた人がたくさんでて、ある程度の改善ができるという感触を得てきたと言えると思います。

また、家族の方がより介護がしやすくなる方法を、ここで今からたくさん見つけていってお役に立ちたい。それがこれからの一つの目標で、それと共に痴呆というのは、誰でもなるわけではなくて、病気ですから、その原因を探し、状態が進んでしまう前に何らかの打つ手がないかを研究していくような場にするのが今後の抱負です。

1986年 自主制作ビデオ「もし痴呆が起きたら」

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今回このビデオを作りましたのは、我々はここ一年半、毎日痴呆の方を見てきました。この経験をもとにして様々な工夫や経験を積むことができました。これをもとにして困られている家族の方、或いは痴呆になったかなと不安に思っている方に見ていただいて痴呆というものがどういうものであるか或いは、痴呆になったとき、こんな工夫があるぞ、ということを色々考えてほしいと思いこのビデオを作りました。
どうぞ気軽に見ていただき何かを考えていただきたいと思います。

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しかし、このころの「ケアと思ってしていたこと」はケアとは言えない、患者さんを苦しめていただけのことでした。

 

 

はじめに 創設期 停滞期 改革期 新時代

1987年(昭和62年)よみうりテレビ特別番組「絆あれば」~ある痴呆専門病院~

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きのこエスポアール病院は日本でただ一つの痴呆専門病院です。老年性痴呆は今60万人とも70万人とも言われています。院長の佐々木健は仲間二人とともに、どこにも受け皿のなかった痴呆老人のための病院を作ったのです。

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患者さんのストレスにならないようにと病院は開放病棟で、徘徊も自由にできるようにしていました。
しかし面会に来た他の家族と一緒に患者さんが外に出てしまい、仕方なく鍵をつけました。

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痴呆に関心を持つ医師が少ない中で、きのこエスポアール病院は孤立無援の戦いを続けていました。

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ある日のこと、タツヨさん(95歳)が突然「洗濯したい」と言い出しました。看護婦さんはできるかどうか心配しながらも付き合いました。やり終えたタツヨさんはとても気持ちよさそうでした。

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今でこそ本人ができることを支援することが重要視されていますが、当時はただ珍しい光景に感心するだけで、その意味に気づくことはできませんでした。

 

昭和61年、岡山で日本老年医学会が開かれました。

先生は、治療の体験から、患者のインシュリンの異常分泌が積み重なって痴呆の原因に繋がるのではないかという仮説を立て発表しました。

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また、この研究論文を世界最高の医学雑誌イギリスのザ・ランセットに投稿しました。
ドキドキしながら封を開けましたが、、、、結果は…borderline(掲載にあと少しの水準です)

「またがんばろうや」と、笑いました。

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きのこエスポアール病院の開設から4年後の9月、国内でやっと2つ目の専門病院ができました。
厚生省の痴呆性老人対策推進本部が予算案要求をまとめたのも今年に入ってからです。
介護費などはまだ認められていませんが2つ目の病院の誕生は私たちにとってもとても嬉しいことでした。佐々木院長と篠崎事務長は開院式に出向きました。

 

先生は安定剤などの強い薬を使わず、逆に脳を活性化する薬を使って、家族の絆の元に患者を戻すことに全力を挙げてきました。

(佐々木) 病院は、自由に出入りできるものだと考えています。
密室にならない、大勢の方に見ていただけるようにしたいと思います。
その現実を見ていただいて、自分たちの独りよがりにならないようにすることだと思います。

 

痴呆症は「心が死んでしまう病気」と世間では恐れています。ですが、人の心は死んでしまうものなのでしょうか?

患者さんの異常行動は今も改善できません。

床や壁紙を剥がそうとしていますが本人はきれいに掃除をしているつもりなのです。

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この男性はズボンだと思い枕カバーを履こうとします。毎朝まじめに着替えて会社に出勤するのです。

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徘徊の癖のある人は回廊になっている廊下を歩き続けます。思うだけ歩けるように、と設計したのですが、後から思えば「いつまで歩いてもどこにも行けない」申し訳ないことでした。

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この患者さんは、お住まいの近くの内科医、大学病院、精神病院と訪ね歩きますが、どこにも受け入れられず、やっとここにたどり着きました。

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看護婦の毎日の負担も大変重いものでした。
一日6回、80人のおむつ交換が行われます。
噛まれたり、蹴られたりの悪戦苦闘です。老人医療に情熱を持ってここにやってきた看護師さんが挫折する第一の関門です。

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この頃から向精神剤などの薬漬け医療をやめ、一人ひとりの症状に応じた心理療法に取り組み始めました。

また、食事と入浴の時間を除いてはできるだけ自由にのびのびと行動していただくことで患者さんのストレスを軽減したいとも考えていました。

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先生はいつも患者さんと同じ高さで目線を合わせ笑いながら話しかけます。

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こちらの女性は入院して9日目を迎えました。
問診で先生はやさしく色々と質問します。
今日は何月かわかる?
ここに来てどのくらいになるかな?

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数日間の入院で様子が落ち着いた後、脳の断層写真を撮ります。
診断はアルツハイマー型と血管性の混合型というのが院長の所見でした。

きのこエスポアール病院は、これからも痴呆老人一人ひとりのための医療を模索して行きます。

 

1989年(平成元年)2月 NHK特集 心は決して死んどらん ―痴ほう症老人専門病院の5年―

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(ナレーション) 来院された患者さんは延べ2万6千人に上っています。
この頃の入院患者さんは120人。
A棟には寝たきりに近い患者さん、
B棟には比較的症状の安定した患者さん
C棟には幻覚や妄想や徘徊などの課題のある患者さんが入院しています。

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この女性はすで亡くなったご主人を、「朝出かけたまま、まだ帰ってこないのよ。」と待ち続けています。

これまでの入院患者は900人にもなる。
日本人の痴呆の場合、その半数は血管障害や多発性の脳梗塞で起こる。早く手を打てば、4人に一人は病状を止めるのに間に合うという。

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(佐々木)痴呆性老人の方は特殊な方ではなくて、知的な能力の低下があるために、知的な適応ができなくなって、それでも適応しようとして一生懸命努力して、上手くできないから、困惑をしている人、と捉えれば、医療も特殊なものではなくて、一般の老人医療の延長として考えて、当たり前のことをしていくということが大事です。

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(ナレーション) きのこエスポアールの治療は、困る症状の安定に置かれる。徘徊や幻覚、老人たちは日々を思うがままに過ごす。全てが完治ではないが8割の方が退院している。寝たきりと痴呆の老人は今全国で60万人。ピークには200万人に達すると言われている。

 

1991年9月4日 地球発19時 小林 繁 「2010年・高齢者社会 老い 団塊の世代への伝言」 きのこエスポアール病院

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(小林繁) 私は今岡山県のきのこエスポアール病院に来ています。ここは日本で最初にできた老人性痴呆専門の治療病院です。老いとは何なのか、そして呆けとはいったい何なのか私たちの20年後の現実の一面がここにはあります。

(佐々木) 例えばこれは壁紙を剥がしてますが、本人は仕事をしているつもりなんです。

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これはハンドバックの代わりですね。ハンカチの代わりに枕カバー、スリッパは財布の代わりに入ってますね。

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このピック病患者は48歳。ほんの3年前まではホノルルマラソンに参加していたという銀行マンである。

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暴力的な行動を起こすこともある。

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患者さんの様子に終始困惑する表情の小林繁レポーター(元プロ野球投手)

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(佐々木) 「ぼける」ということを大変嫌い恐れる感覚が我々にはあります。これは知的なことに大きな価値観を置いているからですね。ですが人間には情があり、そこに価値観を見出せれば家族の支えで少々ぼけても上手く行くといえますね。

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先生、ぼけない方法というか予防法は何ですか?

残念ながら、無いと思いますね。今の医学では。

 

この頃になって、やっと、認知症患者さんのことを正しく理解でき始めてきたのだと思います。問題行動にはそれぞれに全て意味があり、それをわかってあげて、寄り添ってあげることが必要だったのです。

そして転機が訪れます。1995年、スウェーデンへの旅でした。
きっかけは、ほんの小さなことでした。
知人のある方が、スウェーデンに行ったことがある。どうもあちらでは老人介護が進んでいるらしい。だったらすぐにでも、ちょっと行ってみて、参考になれば。というぐらいの気持ちでしたが...

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(篠崎)非常にびっくりしました。同じように認知症の人なのに、まず格好が違うのです。普通の普段着を着て、化粧もして、椅子に座って本を読んでいました。

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(佐々木)重篤な痴呆の患者さんを隠しているのではないかと疑いました。「徘徊する人はどうするのか」と尋ねたら、「一緒に散歩してあげたり、一緒にお茶を飲んであげたらいいじゃない」と言われました。「そりゃそうだな」と思いました。それまでは、病気を持つ特別な人だと思っていました。病気しか見ていなかったのですね。そういうところをスウェーデンに行って一番感じました。

また、バリデーションについても知ることができ、医療と介護の双璧を立ち上げていくことになります。求めていたものが、そこにありました。

 

 

はじめに 創設期 停滞期 改革期 新時代

自主制作ビデオ もし、痴呆が起きたら・・・ ボケても心は生きている

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(佐々木)病院を始めた頃、我々は精神症状を如何にしてコントロールするかに重点を置いていたわけですが、そういうことを無理やりすればするほど、患者さんは上手く行かなかったわけです。試行錯誤の結果、一番大切なのは、なぜそういう行動になるのか、どうしてあげれば、そういう行動と共に我々が一緒に上手くやっていけるのか、という考え方に転換したところにあるのだと思います。

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今きのこエスポアール病院は患者さんの生活を大切にするというコンセプトのもと、看護介護の仕方や病院の環境をも変えた。

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食事

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以前は、栄養の摂取としか考えていませんでしたが、食事の支度をしている匂いとか、雰囲気とか、食事を楽しむという、本来誰もが望んでいることを取り戻すことが大事だと気付いたわけです。

排泄

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オムツの交換は廊下だろうと部屋の片隅だろうと構わずその現場で替えていた。今考えれば患者さんの気持ちも考えず非常に恥ずかしい思いをさせていました。痴呆がいくら進んでも羞恥心は残っているのですから、今は専用の部屋をつけて、恥ずかしくないように配慮しながら交換するようになっています。

入浴

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以前は限られた2時間ぐらいの間に20人も30人も入らなきゃいけないということで職員のほうもあせるし早く済まそうとする、患者さんのほうも、どこに連れて行かれるのか何をされるのか判らないまま服を脱がされて恥ずかしい思いをするから抵抗する、職員も苦労するという状態でした。

何のための風呂かといえば、ただ清潔にするためだけだったわけです。
でも、お風呂というのは生活の中でゆったりとするという目的もあるわけですから今のような小さなお風呂に入りたいだけ入れるということが大切なわけです。なぜ今まで気付かなかったんだろうと思ってみますと、生活を大切にするという考え方がかったんだなあと反省しています。

 

環境

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以前は、花を飾れば、それを食べる人がたくさんいたんですね。だから花を飾らないという時代もあったんですが、発想を転換しまして、食べられてもいいから、我々も花があったほうが気持ちが良いわけで、改めて飾ってみますとだんだんと、なじんできて、職員も飾る、患者さんも摘んできて飾る、そんなことを通じて、協力してより良く生きるという気持ちが芽生えてきていると思います。
 

こうした変化が患者さんにも変化を与えました。
乱暴さが消え表情は穏やかに変わってきました。
それにつれて退院する患者さんも増えてきました。

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職員の意識も変わってきました。
「より良くともに生きる」という意識が芽生えてきました。

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多くの痴呆性老人の方々と接してきて試行錯誤の中で一番強く感じることは痴呆性老人の方々も我々と同じように欲求を持っているのですが、社会の中でそれを抑圧されているということがあります。
抑圧されればされるほど、色々な困った行動を起こすことになります。
それを理解しどうしたらいいか考えてあげることによって、痴呆性老人とともに暮らすことができると思うのです。

 

病院と痴呆性老人との共生の試みが始まっています。
グループホームと言います。

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自分でご飯を炊きお茶を沸かす。できるだけ患者さんの自主性に任せ離れて見守る。

こうしたグループで生活する方法はスウェーデンが先駆者。

それまでに使っていた家具や洋服、家族との記念写真などそっくり持ち込んで患者の精神状態をゆったりさせる。ここでは患者というよりもわずかな手助けが必要な老人として生活している。

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(佐々木) 北欧の国ではもう10年も前からこういう形態をやってきています。
そうなった理由というのは1970年代に、私が経験したのと同じ経験をし、これではだめだということでグループホームというものができた。
同じ道をとおってきたのかなあと思えて、非常に嬉しく思いました。
我々も色々悩みを重ねた結果、今の炉端の家という形態にたどりついたという、答が同じところにあったということが楽しいというか、そういう気持ちがありますね。

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1996年5月、スウェーデンと同じようなグループホーム「炉端の家」が完成した。
きのこエスポアール病院が協力し笠岡市が自治体として全国で初めて作った痴呆性高齢者療養施設

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買い物したり、洗濯したりする。
普通の生活の中で、痴呆であっても人間の尊厳を大切にして生活してもらいたい。という願いからスタートした施設。

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痴呆性老人の方と、ここに通ってくる職員の方が、一つの家族としてごく当たり前の生活を送りながら、ともにより良く生きるということを目標に毎日の生活が営まれています。

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病院や老人ホームよりも家庭に近いものとして、ごく当たり前の生活を、穏やかに、充実した日々が過ごせるように日々努力をしていっているということです。

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ボケても心は生きている ~自治体初の痴呆性高齢者グループホーム建設にあたって~

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1996年5月、笠岡市に全国の自治体では初めての痴呆性高齢者グループホームが建設されました。
福祉の船や福祉バス、ボランティアハウス、高齢者ふれあいハウス、各種福祉助成制度など、福祉都市への挑戦です。

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昔ながらの長屋のような穏やかな共同生活を送ってもらおうというものです。

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1999年 自主製作ビデオ

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私たちは16年前に痴呆の方のための専門病院を作りました。
始めた頃は色々とやりましたが失敗の連続でした。
どういうところに失敗したか、気付くのに10年掛かりました。 1984年に始めまして、1995頃になって、ここが間違っていたなと感じたんです。
何かといえば
痴呆性の老人は厄介だと考えていたんですね。
だから厄介なところがなくなるようにケアをすることが仕事だと思っていたのです。

しかし10年たって思ったことは、痴呆をもったお年よりも生活をしている生活者として捉え、そこに意識変革を見出したのです。
そのときから私達のこの施設の変革が始まりました。
今回のビデオは、その変革を見ていただき、皆さんにも変革していただきたいと思います。
痴呆症の方を看護・介護するときもっとも最も困難なのは食事、排泄、入浴だといわれています。
この16年間でどのように変化してきたのか見てみましょう

排泄

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排泄の処理は介護する家族にとって最も大変なことのひとつです。
トイレの場所がわからず、所かまわず用を足してしまいます。
病院としても汚れていれば不快だろうとその場ですぐに、または決められた時間ごとにオムツを交換していました。
しかしお年寄り本人にとっては、周りに人目がある場所でのおむつ交換は恥ずかしく、交換を拒む気持ちがあったのでした。
それを理解できていなかったために交換を拒まれ、介護する側もされる側も負担になっていたのです。

今ではオムツ交換して「ありがとう」と患者さんから言ってもらえるようになりました。

入浴

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入浴は時として痴呆のお年寄りを不安に陥れます。裸にされると余計に不安が募り、嫌がる人、拒否して泣き叫ぶ人もいます。
そんなお年寄りを20人単位で入浴させていたのが始めの頃のやりかたでした。
体を清潔にするので精一杯。ゆったり湯船に浸かってもらう余裕はありませんでした。

一風呂浴びてさっぱりしたい気持ちはだれでも同じ。しかも入りたいときに入りたいだけ入れれば言うことなしです。小さく区切ったお風呂で人目を気にせず、そしてお世話もマンツーマンにすることで、不安なく、進んで入浴されるようになりました。

食事

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以前は広いホール兼食堂に決まった時間に全員が集まり、食事していました。必要な栄養を摂取してもらうことに注意が払われていました。残さず食べていただくために、ほぐしたり混ぜたり、食事を楽しむという考えはなく、ただ完食してもらうことで安心していました。

1995年以降は、食事方法を一変させました。食卓は2人から4人がけにし、座る席も気分次第。容器も以前のプラスチックから普通の陶器や木の器に代え、炊き立てのご飯やお味噌汁の香りが漂い食欲をそそります。
食べる人もお手伝いする人も余裕が出てきました。

ゆっくり食べたい人はたっぷりと時間を掛けて食事を楽しむことで、とても良い表情になることがあります。

 

職員の意識改革

ある介護士の話...

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突然、「これからは、こうしてね」と言われ驚きました。
「なんで今までの方法では駄目なんですか?」
4年もやってきて上手くいっているし、お年よりもみんな笑っているしそれを否定されたみたいで自分の中で抵抗感があったんですね。
でも、新しいやり方を試したら、こっちのほうがいいじゃないってことに。

今までは、いやなことがあったら詰め所に逃げ込んでいた。詰め所を無くすことで逃げ場所が無くなったんです。

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そして、院長や園長がお年寄りと話をしてって言う。仕事はしなくて良い、食事介助や入浴介助やそいういうのはしなくてもいいから一緒にいなさいって言われました。
いざそうなってみると何を話していいかわからない、会話ができない、どうしよう。
カルテ書こう、ケアプラン立てようって業務に逃げ込んでいました。

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でも、逃げられない、話さなきゃってことになったら、
昔の話を聞いたらいいじゃない、女性だったらご飯の作り方を教えてもらったらいいじゃない、教えてって、一緒にご飯つくったりして、生活暦聞いたらいいじゃない。とアドバイスを戴きました。
聞いて表にして、そうすると意味が繋がってきて、こういうことを言ってたんだなって判ってきたんです。話の糸口が見つかってきました。

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(佐々木)このビデオを見ていただいて、痴呆性高齢者のケアが大きく変わりつつある、或いはもう変わっている、と実感できたとおもいます。
どういったところが変わったか一言で言えば痴呆性高齢者の生活を大切にすることです。

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その人らしい当たり前の生活を大切にして、それに沿ってケアをしていくこと。特別なことじゃないということを皆さんにぜひ知っていただきたいと思います。
世界の先進国での痴呆のケアも、このような流れの中ですでに変化を遂げているわけです。
そう思いますと、わが国における痴呆性高齢者へのケアというのは間違っていた、誤った方向に進んでいたということを思います。
このビデオを見ていただいて皆さんも新しいケアに参加していただきたいと思います。

やっとここまで来たなあ、と。 まあ、それだけです。

 

 

はじめに 創設期 停滞期 改革期 新時代

2001年2月24日(土)  OHKムーブ2001 「ともに生きる」~ユニットケアへの取り組み~

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介護保険の導入から間もなく1年。施設でのケアが大きな転換期を迎えています。
特別養護老人ホームなどの大規模施設ではケアの質の向上が大きなテーマになっています。

今日はこうした状況の中で注目されているユニットケアについて紹介し、ケアの質の向上について考えたてみます。

ではまず、ユニットケアについてご説明します。

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部屋に広がる食事の香り。

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きのこ老人保健施設は入所している80人はほとんどが痴呆を抱えた高齢者です。
しかしここは、今までの大規模施設には無い和やかな雰囲気に包まれているのです。
きのこ老人保健施設は16年前に全国で初めて痴呆専門病院として設立した きのこエスポアール病院に併設されています。
介護保険から間もなく1年、ケアの質の向上を目指して去年9月頃からユニットケアに取り組んでいます。

以前は大きなフロアだったのを現在は8つの家に分かれて生活しています。
スタッフからは、お年寄りを10人、スタッフは5人なので、一人ひとりを深く知ることができ、信頼関係ができて来たと感じます。

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(佐々木)今までの施設の大規模、集団、画一的な介護に対する疑問から出てきたやり方です。

こうしたユニットケアへの取り組みは全国的にも注目を集めています。

2000年10月、第2回ユニットケア全国セミナーが倉敷市で開催されました。
全国の大規模施設でユニットケアに取り組むスタッフや研究者が成果や問題点を報告しました。

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(笠岡市長)痴呆の老人は一番弱い立場であり、その方々に人間らしい暮らしを保証するのが行政の使命です。

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きのこ老人保健施設は去年の9月頃から施設の改築を行って本格的にユニットケアに取り組み始めました。全国的にも非常に先進的な例として、全国セミナーでも紹介されました。

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(篠崎)ここはもともと20人の方が4つのグループに分かれて生活していたのですが、20人というのは家としては多すぎますよね。色々と考えた末、もう少し小さなグループにしようということで、ここに大きなデイルームがあったのですが、さらに半分に仕切って10人が1つのグループで住む方法を考えました。

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一つの家といった雰囲気でゆっくりとした時間が流れています。

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以前は徘徊していたお年よりも今はここを動きません。
居心地の良い自分の居場所を見つけたようです。

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食事もスタッフが部屋でご飯や味噌汁を作ります。
ご飯の炊ける匂いが食事の時間を知らせています。
スタッフも同じものを一緒に食べます。ここではみんな家族の一員です。

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(篠崎)20人のときは食器もみんな同じものを使っていましたが、10人になると、一人ずつ自分の食器が使えるようになってきました。

それぞれ自分の茶碗や汁椀があることで本当の家のようになってきて、そんなことから個人が尊重されるのも本来の生活の姿だと思います。

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スタッフは休憩も事務的な仕事もすべてこの部屋で行います。

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空間を小さく区切っていくことで、お年寄りの気持ちがよくわかるようになり、お年寄りの問題行動が起きなくなってきました。職員も同じ生活者という雰囲気が伝わって信頼関係が高まった結果だと思います。

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これまでに痴呆症の高齢者が一つの家で共同生活をするグループホームが成果を出し始めていますが、ユニットケアはこのグループホームの考え方を大規模施設に取り入れたものです。また、きのこ老人保健施設ではこれまでに福祉先進国であるスウェーデンに足を運びこれらの考え方を研究してきました。こちらをご覧ください。

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きのこ老人保健施設では毎年に福祉先進国のスウェーデンを訪れています。
今回はユニットケア導入の参考にしようとスウェーデン10都市で10数箇所の様々な施設を視察しました。

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スウェーデンではすでに10年ほど前からユニットケアが導入されていて施設は、より在宅介護に近い形になっています。そこには現在の日本の施設の目指すべき姿があったのです。

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そうしたスウェーデンでの取り組みを参考にしたのが笠岡市にあるグループホーム炉端の家です。

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痴呆を抱える高齢者の方に家庭的な環境の中で暮らしてもらおうと笠岡市がきのこエスポアール病院と5年前に全国の自治体で初めて設立しました。

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(佐々木)ユニットケアはグループホームの考え方を大規模施設に取り入れたものです。
ですが、建物を小さく区切るというハード面の変革よりもスタッフの意識の変革という意味が非常に大きいと思います。

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スタッスの役割や意識はどのように変革したのでしょう。

以前と違い今は、お年寄り「その人を知る」ということです。
病気ではなくその人を見ることができるようになってきました。そうすると問題行動は起きなくなります。

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大きな施設の中ではありますが、8つのユニットがそれぞれの家でグループホームになることを思っています。
国が高齢化社会を見越して進めているゴールドプラン21では大規模施設はよりユニット化へ、そして施設はより在宅に近い形になっていきます。

ユニットケアでは今後のスタッフの育成が課題になってくると思いますがどうですか?

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岡山県ではスタッフの育成を強化しようと今年度から痴呆介護の研修を始めています。

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きのこ老人保健施設では毎週、県内の施設からスタッフが1週間、泊まりこみで研修に訪れています。

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ユニットケアの介護を体験しこれまでのケアとどこが違うのかディスカッションするのです。

(篠崎)認知症高齢者の問題行動は、コミュニケーションが成立していないから生じてくると考えていいと思います。介護者が寄り添い関わるケアが一番大事なんです。

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これまでのケアと違い戸惑っていた研修生ですが、お年寄り一人ひとりとふれあいを深めることでコミュニケーションの大切さを感じ取ったようです。

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笠岡市ではスタッフ育成の研究施設を建設することにしています。建設補助を国に申請中で今の国会で決まる予定です。全国でも初めての試みです。
炉端の家などでの実技研修やスウェーデンから講師を招いて専門的なケア知識の習得に重点を置くことにしています。
今回の取材でお年寄りの表情が豊かなことに驚きました。それは一人ひとりが自分らしく生きているからだと気付きました。そしてスタッフの意識の高さがお年寄りの笑顔に繋がっているのだとわかりました。

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2002年1月22日放送 クローズアップ現代 変わる痴ほうの介護 ~ユニットケア~

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痴呆のお年寄りの介護の常識を覆す新たな試みが始まりました。

ユニットケアは施設のお年寄りを10人のグループに分けそれぞれに食堂や団欒の場を設けます。

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家族的な雰囲気の一員となることで無気力だったり徘徊を続けてきた痴呆のお年寄りの症状に劇的な変化が見られることも判ってきました。そのためにも関りを持つスタッフにも変化が求められます。
ユニットケアのスタッフに求められるのはお年寄りとのより深いコミュニケーションです。

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(篠崎)本当に深くお年寄りのことを解ろうとするならば、ぼろぼろになるまで自分の心のドアを開けてしまわないとお年寄りとの人間関係って出来てこないんですね。

 

2002年12月5日 『ユニットケアにとどまらないユニットケア』を目指して ~ユニットケアセミナーin香川~

ユニットケアとは何か
篠崎人理

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20人のお年寄りを10人の介護士でケアする体制にしましたが、それでもまだ一人ひとりの様子を十分に把握できず、10人のお年寄りに5人の介護士にすることで、良い状態になってきたといった経緯を、実体験を踏まえてお伝えしてきました。

バリデーションを一言で表すならばまず、「Open your eyes, open your mind.」あなたの目を、そして心を開いてくださいということです。
痴呆のお年寄りのことを知ろうと思うなら、まず、介護者である私たちが心を開き、そして相手を受け入れるという気持ちが必要です。

 

 

ユニットケアの歴史的意義について
佐々木健

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残念なことに、現在わが国でユニットケアが語られるときに「ユニット」という言葉に重点が置かれています。本当は「ケア」に重点が置かれなければなりません。

ハード面で言えば今までの大きな施設を細かいユニットに区切ることになりますので、それは判りやすいですね。やりやすいから、建築会社さんなどは工事の話があるかもしれないとか、厚生労働省は新型特養といって個室になるから法令整備がどうとか。

しかし、本当は、世界的な流れで見ても成熟していく過程の中でユニットケアという形態となり、ケアの内容も変化していくという世界的な流れで見れば、まだまだ私たちのケアの内容は発展途上国の状態にあると言えます。

痴呆性高齢者のケアのあり方が変わることによって、一般の高齢者のケアがけん引されてきたことがユニットケアだと思います。
もともと痴呆性高齢者のケアが上手く行かない、何かいいやり方がないかというところからユニットケアは生まれたのです。

私たちが手本として学んだ福祉的な先進国があり北欧のスウェーデンやデンマークなどは進んでいるわけですが、スウェーデンの例では1980年代の終わりから1990年代の始め頃にはすでにユニットケアへの変更を完了していました。
その最初の種は、グループホームです。

スウェーデンでも1970年台は大型の施設を作って収容していましたが全然上手く行かなかった。私の経験でも、きのこエスポアール病院で、痴呆の方を、大規模な生活感の無い今まで住んだことのないようなところに集めてお世話をするということは決していいことではなくて、むしろ悪いことのほうが多かったという反省があります。

スウェーデンでも同じような状況から、考えた人がいたんですね。
1970年代の終わりごろ、スウェーデンの地方に住んでいる介護の方が、大きな施設につれてきてお世話しても全然良くならない。痴呆という病気は治らないけれども、今まで住んでいたような環境で、一緒に生活をしてあげたら、上手く行くんじゃないの、と思いついた人がいたんですね。

そして、自分たちで民家を改造して、痴呆の人に来ていただいて、職員も一緒に生活をしたら、いい状態になってきたので、発表して、同じようにする人が増えてきて、これはいいということが判ってきて1982年にはスウェーデンではグループホームを国の制度として認めたのです。

形はそれで決まってきた、ですが本当に大切なことは、そこでのケアのあり方で、それがユニットケアの一番根本にあるものです。

私達は今までの経験を活かしこれからの人材育成や認知症介護の現場、そして認知症をもつ患者さんとそのご家族のための活動を続けて行きたいと思います。

 

佐々木院長は、今日も外来、院内、各施設の患者さんのもとに歩き続け、笑顔で明るく声をかけ続けています。

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(佐々木) 始めたころは、認知症は脳の疾患だから医学の問題であるし、いずれは科学が解決する、なかなか難しいだろうけどチャレンジしてやっていこうという気持ちで始めたのです。

でも、私たちの元々の狭い分野である臨床の面においては、何年たっても認知症はなかなか治療効果が上がらないなあと悩んでもいました。

ですが、もっと人間的なところにベースを置いて、その人の人間に、認知症という病気がひっついている、そのような考え方で、医学で見ていくにしても、もっと幅広い見方をして認知症を見ていくことが必要であるし、認知症というのは医学だけの問題ではない、ということがわかってきました。

私は一応、基礎が医者ですので、病気の医学的治療にはこだわりを全部捨てたわけではありません。だけども、病気にだけこだわることは、やめてみていこうと、今解るようになってきました。

世間では年をとっても記憶力がよくて、なんでも覚えているのが価値があることなんでしょうかね。僕にはそうは思えないけど。

歳が何歳か判らなくてもいいじゃない。
おばあちゃんが今日はデイサービスに行って、楽しく、帰ってきたけど、訊いたら何も覚えてなかった。「そんな所にはいってない」とか言われて、家族の方が嘆かれたり、がっかりされたりするけど、いいじゃない、と僕は思います。

p1070326いいじゃない、

明るく楽しく、

毎日を暮らせば、

それだけで。